【異業種対談:つくる人々】科学者×アーティスト

質問者


質問1
Q.科学はプレゼンテーションしだいで、見た事も無いような風景を生み出す
事ができると思います。その風景が直感的に頭の中で広がり、その勘を裏付け
していくように実験を始めるという事があるのでしょうか?



回答者


A.ある場合/
その裏付け作業にはかなりの労力と時間が費やされると思います。ですので、
それを実行に移すかどうか、判断する瞬間があると思います。そこを決定し、
突き動かす大きな材料となるものは何でしょうか?

「見たこともない風景」と言う表現は上手いですね.素粒子などのミクロな世
界や宇宙などのとてつもなく大きな世界の研究では,実際には見たこともない
ものをまるでこの目で見てきたように,完全に理解することを目指します.素
粒子や宇宙などの基礎研究の世界でなくても(デバイスなどの応用研究で
も),ミクロに何が起きているのかという原理を理解するのは,見たこともな
い世界を描くことになります.私自身の研究分野では,1秒の1兆分の1よりも
もっと短い光のパルスを使って,そんな短い時間に物質の中で何が起きている
のかを調べています.そんなに短い時間で起きる現象を実際に見ることはでき
ませんが,実験結果を解析して,こういうことが起きているはずだ,という
「見たことのない世界」を描き出します.
質問にあるように,その見たこともない風景が直感的に頭の中に広がるという
ことは,あまりなく,実験や計算を進める過程で,少しずつ描かれていくもの
です.天才的な科学者は,最初に風景が頭の中に浮かぶのかもしれませんが,
私のような研究者では,最初から鮮明な風景などなく,ぼんやりと何かある
か,または,全く何もない状態からスタートします.
そういう実験をする(質問の言葉では「裏付け作業」)のに必要なものは,単
純に好奇心です.または,自分の直感で風景が少しできている自信があれば,
それは突き動かす大きな力になります.何の自信もなく,漠然とした風景しか
ないことが多いです.それでも,とにかく知りたいという欲望で動くものです.





質問2
科学から仮に「~の役に立つ」という評価基準を取り除いたとします。そ
こで発展する科学の未来と、従来の発展とでは、ズレが生じるでしょうか?
また、どのようなズレ方が起きると思いますか?


我々の分野には,理学と工学があります.工学は元々,科学で得られた成果を
我々の生活や社会に役立てることが目的ですから,「役にたつ」という評価基
準を取り除くことはできないでしょう.それに対して,理学は,基本的には役
に立つということを前面で出して研究を行っていません.もちろん,自分の研
究が役にたてば良いという意識は誰でももっていると思いますが.
上記の質問には,うまく答えられませんが,工学には「役に立つ」という基準
は不可欠であり,理学にはそのような評価基準がなくても,「工学に発展する
可能性がある」という意味で役に立っています.ですから,「役に立つ」とい
う評価基準を表面的に取り除いても,その後の発展は実質には何も変わらない
と思います.たとえば,純粋な基礎科学(カミオカンデのような)は直接には
社会に役に立つことはありませんが,そのような基礎的で大がかりな研究は,
その実験技術,理論の他分野への発展,人材の創出などで,間接的に理学・工
学または医学などへも,大きく役立っていると思います.



質問3
Q.科学は素材として様々な物を生み出し、その応用・結果として、社会を変
える力、影響力はとても大きいと思います。原子爆弾だって作れるし、原子力
発電所だってあります。科学者の研究を決定・進行する上で、自分の研究がもたらす
結果・リアクション・責任をどの程度意識するのでしょうか?



A.工学は社会への貢献が必要ですから,研究の最初の段階から自分の研究が社会
へ与える効果を強く意識しています.自分の研究が優れているものであれば,
社会への影響力も大きいので,責任も強く感じるはずです.理学の方は,もの
の見方を大きく変えるなどの,科学全体へ強い影響を与えることがあります.
科学全体へ影響を与えるならば,そこを通して社会への影響を与えるのです
が,研究の最初の段階から,直接社会への影響を意識することは,あまりない
と思います.とはいえ,最近では,「自分の研究が社会に及ぼす影響・社会へ
の貢献」などは必ず研究費獲得のための申請書に書かされるので,理学の研究
者でも,随分意識するようになってきていると思います.



質問4
Q.アーティストは制作に没頭している時間はあまり周囲の事が考えられなく
なる事がよくあります。科学者はやはり何かを生み出すものですので、アート
と似た感覚があると思います。アートにおけるドローイングのように、漠然と
まだ見ぬ風景を求めて手が動いているような事はあるのですか?それとも全て
結果が予測された上での研究なのでしょうか?



A.結果が予測された研究というのは,ほとんどないと思います.「1」の質問に
もありましたが,漠然とまだ見ぬ風景があるという状況が一番長い時間です.
それを,実験や計算を積み上げて,鮮明な風景を作り上げていきます.その点
は,アートとは随分違うのでしょうか.アートでは,ドローイングのあとに鮮
明な風景ができあがり,その目標に向かって本格的な作業が進むものでしょうか。




質問5

Q.アートは文化ですし、その時代その時代で生きて、そこから生まれるリア
クションだと思います。(ジェームズ・タレルの様なアーティストももちろん
いますが。)それ故心と深く結びつき、言葉では表せない風景も観る事ができ
るのだと思います。ですので70年代くらいから特に、テクノロジー・自然現象
も当たり前のように素材として用いられています。
科学者が自分の研究結果、その少し先に、美しいとか、感動をもたらしたいと
いう事は現状としてあり得るのでしょうか?例えば、「見た事も無い色で輝く
光を存在させたい。」だとか、「見ると恍惚状態になる光の発生」とか。



A.美しいとか,感動を与えるなど,心に訴えるようなものを目指すということは
あまりないと思います.自然を追求することで,その結果,自然の美しさに感
動させられることはありますが,自分の研究で人に感動を与えたい,という気
持ちはあまりないと思います.しかし,科学は,人間の生活向上に役立てる面
がありますので,感動というよりも,快感やくつろぎを与えたい,という目的
意識は時としてあるでしょう.実際に,癒しを科学することや,人間に快感を
与えるゆらぎの研究などというテーマはあります.私自身,感動を与えるよう
なことは意識したことなかったのですが,「見ると恍惚状態になる光の発生」
など非常に面白い発想だと思います.私の専門は光分野なので,考えてみたい
と思います.



質問6
Q.ロボット性能の向上を考えると、やはり人・生命に近づく流れもあると思
います。その事は、やはりいろいろな物語や作品で描かれており、一般人にも
考えやすいテーマだと思います。SFの世界に簡単に追いついている科学技術の
発展スピードを考えると、そこにはやはり深刻な問題も当たり前のように起こ
ってくると思います。科学者としての考え方では、そこを踏み込むという事は
どういう事なのでしょうか?やはり一度踏み込んだ結果として、考えるのでしょ
うか?



ロボットに支配されるとかコンピュータに世界を乗っ取られるなど,SFではよ
くあるストーリーですね.そういうことが起きるかどうかというのは,人間が
作ったものが,それ自身で意志を持つことができるのか,という問題になりま
す.それは結局,生命と人工物の違いは何か,という問題になると思います.
人間が人工的に生命を作り出すことは,あってはならないことでしょうし,そ
の辺は一般の人以上に科学者は慎重(であるべき)だと思います.その先に何
があるのかが,科学者にはある程度予測できる(完全な予測はもちろん不可
能)ので,一歩踏み込んだ考えをもっていることは確かです.ですから,より
慎重になっていると思います.
万能細胞になるES細胞の倫理面では多くの議論がなされていました.山中先生
で有名なiPS細胞は受精卵を使わないので倫理面であまり問題ないと考えられて
いますが,本当に人間がそういうことまでして良いのか,という疑問はどこか
にあるような気がします.まあ,そんなことを言い出したら,高度な医療技術
を駆使して人間の命をコントロールすることだって,生命の自然淘汰の原則は
どうなるのか,という疑問も持つことになってしまいますね.話がそれるの
で,やめておきましょう.


質問7.
Q.テクノロジー・科学者とコラボレーションした「メディアアート」と呼ば
れる作品は、現在では多数存在しています。そこで生み出される作品の多く
は、楽しかったり、心地よかったり、優しい表現が比較的多いのが気になりま
す。科学を一般的・社会的にプレゼンテーションする方法論として、特異な例
があれば教えて頂きたいです。



A.質問の中にある「比較的多いのが気になります」というのは,そうあるべきで
はない,という気持ちの表れでしょうか? 私は「メディアアート」というの
が,どういうものが具体的に浮かばないので,何とも言えませんが,心地よい
表現が多いのは悪いことではないように思われます.質問の科学のプレゼン
テーションの方法ですが,特異なものというのはないように思われます.私は
知る限りでは,一般的にプレゼンする方法は,わかりやすい絵を使った解説や
ビデオぐらいでしょうか.アートを上手く使った表現ができると,素晴らしい
と思います.



質問8
Q.科学の分野は専門性が進行しているので、研究を一般の人々に伝えるため
には、ある程度応用されたものに変換しなければ難しいと思います。日本の
アーティスト・デザイナーは、そこの変換が上手いと思うので、新たな応用の
期待先としていかがでしょうか?



A.素晴らしいと思います.科学の成果を一般に伝えるのは非常に大変です.わか
りやすい絵などを苦心して作りますが,せっかく作っても何のことかわかって
もらえない,ということが良くわります.アートを取り入れて,感動を与えな
がら伝えられたら最高です.是非,そのような応用をしてみたいと思います.


以上です。





科学者 江間さんより

22歳へのメッセージ。

「何事にも好奇心を持って,図々しいくらいに自分のやりたいことをやること.
そして,新しいことへ挑戦するときは,失敗を恐れずに,人のやっていないこ
とをやること。」